なぜ誰かの”せい”にするのか

みなさんご存知のように(知らんか)コネクトロンではギルトフリー(罪悪感からの解放)を目指しています。

売りまくるぜ、免罪符(違。

例えばオッパイ。

赤ちゃんはお腹が空くと泣きます、オッパイくれよ!と。

泣くことは赤ちゃんが生きるために必要なことなのです。

赤ちゃんが誰かを忖度して泣くことをしないなど無いのです。

お腹が空いてるのに泣くことをしないのは、忖度を学習してしまったからです。

自分の空腹より優先すべきものが出来たからです。

それは、忖度しても生きていける状態になったからでもありますね。

オッパイをもらうしか生きる術がなかったら、忖度=死ですから。

空腹をちょっと我慢しても生きていけるくらいになったということです。

選択肢が増えたということです。

自分の空腹より優先しなくてはいけないものがあるのだ、と学習してしまいました。

それが生後半年だとしましょう。

自分の空腹より優先しなくてはいけないのものがあるのだ、という原則がインプットされてしまったのです。

ということは、生後半年以降の人生はその原則に則ったものとなるのです。

原則=ビリーフ

自分が空腹を訴えることは、他者の都合に劣ることなのだ、と。

That’s 忖度。

ギルトフリーとは、忖度からあなたを解放する手段なのです。

忖度とは、自分を主張すること、自分を最優先することはいけないことなのだ、というビリーフです。

生後半年でビリーフがインプットされたとするならば、あなたが今もしも43歳だとするならば、あなたは42歳と半年そのビリーフに支配されているのです。

その価値観で生きているのです。

その価値観で選択を行なっているのです。

今のあなたは、42歳と半年の選択の結果なのです。

42歳と半年分の基準となるものが違っているとしたら?

今のあなたは全く異なるものとなることでしょう。

ダメと思っていた自分が、なんだ、ダメじゃないじゃん!と気づかされることでしょう。

42歳と半年分の経験が全く異なるものに変換されることでしょう。

だから。

今、あなたが負担に思っていることの原因を作ったのが、あなた自身ではなく、あなた以外のものであったことにしていただきたいのです。

悪いのは自分ではなかった、ということに気付いていただきたいのです。

そうすれば持って生まれたリソースを発揮することに専念できます。

そして。

自分の空腹を訴えるよりも、その機嫌を損ね無いことを優先してしまったほどの大切な存在があったということ。

恐れとか怯えとか脅迫ではなくて、ただ、大切にしたかったという気持ちがあったこと。

それに気付けたなら、罪悪感などで片付けなくて済むようになるでしょう。

自分より大切にしたかったんだよね、と。

大切なものがあったんだよね、と。

大切なものの”せい”で自分がダメって思っちゃったよね、と。

丶(・ω・`) ヨシヨシ

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