占いに救われたことのない占い師 その13

これ↓の続き

続きを書こうと思っていろいろググっていたら、えらいもん見つけてもうた。
これ
うわー、やばいな、ほんまこのまんまなんですよ。
この団体のシステムに違和感、いや嫌悪感を抱いた人が離れていっている。
依存になることなく、素面を保つことができた人が離れていってる(含:オレ。

こんなややこしいものと関わっている自分をどう正当化するか。
墓穴を掘ってしまったような気がする。
っつか、わざわざリンク貼るなよな、って感じですが。セミナーという場に囲い込まれてしまうことが問題なんで、ビジョン心理学の考え方自体は有効だと思ってオリます。
カモネギな信者さんを輩出し続けるシステムってのは問題ですよね。

というわけで(どういうわけ?)、コース内での温度差に悩みつつも学びを進めていっていたわけですが、コース以外の単発セミナーもちょこちょこ受けてました。
そこには全国から筋金入りの信者さん(すっかり信者としてしまっている件)が集ってまして、ますます乗り切れない疎外感は強くなっていくんですけどね。

前出の告発ブログにも取り上げられていますが、ジョイニングという手法がありまして、何するかっていうとただ目を見つめ合っているだけなんです。
で、相手の感情、自分の感情に向合いましょうってものなんですが、私これが苦手でしてね!!
まったく何の変化も起きない、見つめ合うだけの何十分は眠気と闘うだけの時間です。
ま、トランスに放り込んでそこで教えを叩き込むってのはどこの宗教でもやってることですよね。
っつか、それしか手はないのか。
うまく入り込めた人は号泣したり、もしくはゲラゲラ笑っているという
ああ、改めて書いてみるとどこの自己啓発セミナーでもやってることだよね。

受講料の元とらなあかん、と思って頑張ってやってるんですけど、このジョイニングだけはどうにも慣れることが出来ませんで、さ、今からジョイニングですよ、って言われたら眉間に皺が寄ってましたよ。
ある日、見知らぬ女性と組まされてジョイニングをすることになったのですが、あー、しんどいわ、と思いながらやっていたのですが。

が。

以下、たいへんボキャ貧な表現になることお許しください。
ほんと、雷が落ちたかのような衝撃があったのですよ。
これが天啓?これがエクスタシー?って感じ!!
私の中には相手の幸せを願う気持が猛烈にわき起こってきました。
ただ幸せになって欲しい、ほんとそれだけでした。
人の幸せを願えるということはこうも快感なのか。
だったら、この感覚を味わうことを人生の目的にしたっていいよ。
あの落雷のようなエクスタシーを味わうために人の幸せを願う、これが私の人生の目的だよ、って心底思ったのでありました。

えー、ほんまですよ、ほんま、ほんま。
ほんまにすごい感覚でした。

セミナー会場の集団心理のなせる技だったのかもしれません。
私自身は乗り切れない、冷めてるつもりだったんですけどね。

残念ながら、その後何回ジョイニングをやっても、同じ感覚を味わうことは出来ませんでした。
そして私の中から、人の幸福を願うことの喜び、も忘れ去られていったのでありました。

続きは↓こちら

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