芸は身を助けるか?

口内炎の痛さを紛らわせるのに、ワインに勝るものなし!!抗がん剤の副作用に口内炎の苦しみを訴える方が多いですが、免疫が落ちると覿面に口内炎になるのですね。あ、カンジダ膣炎もですよ。カリニ肺炎もですよねっ。

50代女性さま、セッションの内容まとめを記事化させていただくことご快諾いただきました、ありがとうございます!

この記事を読まれてですね、自分は昔のことを全然おぼえていない、と思われたそうなんです。同窓生と想い出を共有できない、どうして私はこうも憶えていないのか、それがセッションお申し込みのきっかけになったそうです。

イヤーカードが「星」でした、叶えたい夢はなんですか?とお尋ねしたら、習い事を好きなだけしたい、と。では、それが出来ていないのはなぜか、子育てに手を取られていたから、でも子どもも手を離れたからやりたいことは出来そうだ、でも金銭的なことがネックである、と。そこをクリアするために仕事で成果が得られたらいい。そ、目の前にある問題はお仕事のことでした。

ちょっと脱線ですけど、みなさんご存知のように(知らんか)私が着物生活始めたのは勤め人生活をあきらめたからなんですよね。どうせなら好きなことするわ、とかねてから憧れだった着物生活をするために着付けと和裁を習い始めたのです。まー、無謀でしたわ。生活の目処もたってないのにわざわざ金食い虫なことに手を出すなんて。着付けスクールは受講費が1万とか2万とかって言ってますけど、あんなの大ウソですよ。それで済むわけがない。諭吉に羽が生えて飛んで行きました、2ヶ月で力つきて辞めました。そして和裁、これがもう、お金持ちの道楽以外の何物でもありませんで、自分で縫えて安くあげれたら、という世界ではなくて、実習用の反物にみなさん桁の違うもの持って来られるのですよ!!ああ、これは私が来る場所ではない、と気づいたのはすぐでした。半年分の受講料払ったけど、縫ったのは肌襦袢だけwww 習い事ってのは道楽なんですよ。技術の習得の場ではないのですよ。ま、技術は習得できますけど、それをお金にかえることが目的の場ではないのですよ、と断言してもいいですか。

お仕事のことに触れたら、すぐに感情が出てきました。そのお仕事を始めるに至った経由を探っていくと、出て来たのはご実家の居心地の悪さでした。親がいがみあっていたから、早く家を出たかったから、家を出て好きなことをしたかったから。そして習い事三昧をなさっていました。これまでの鬱憤を晴すかのように。リベンジですね。

親がいがみあっていたのはなぜか、おとうさまが怒ってばかりいたから。そのおとうさまのせいでどうなってしまったか、自分も怒りっぽくなってしまった。家族に怒ってばかりいる。

どうやら、ターゲットとすべきものはオコリンボのようです。

怒ることで得られるのは白っぽいブルーの「クール」、
怒らないことで得られるのはピンクの「しあわせ」、
2つを統合するとマーブルのマーブルちゃんとなりました。

マーブルちゃんがあれば、外に出かけることが出来るようになる。

じゃあ、なぜ今は出かけることが出来ていないのか。

疲れるとかなんとか、言い訳になるものがいくつも出てきましたが、
直近でお仕事上での気がかりなことが姿を現しました。
そのものに対する気持ち、暗い気持ちが出てきました。
胃のところに、濃いグレーの生温かくて重たい「クロダマ」がありました。

クロダマは5歳、おかあさんが仕事にでかけるところです、
自分はおとうさんに抱かれています、
おかあさんが行ってしまうと寂しいです、
行かないで、と言いたかった。

行かないで、と言うことが出来たなら、おかあさんが優しく抱きしめてくれる。
たとえそのまま出勤したとしても、温かい気持ちになることができる。
温かいピンクの安心を手にして未来に時をすすめて現在にきたなら、
笑って家族と話すことができている。
家族=子ども
お父さんはいません、だってお父さんは仕事が忙しくて滅多に家に帰ってこないから、
いつも子どもと2人だから

でも、子どもに対して笑顔でいられるということは金色の喜びです。

その金色の喜びを携えて更に未来にいくと、70歳となりました。
未来の自分も笑顔で家族と喋っています。
家族=子ども
ここにもお父さんの姿は見えません、だってお父さんんは家に帰ってこないから。
それでも笑っていられる光景は心地よいものです。

70歳の笑顔でいられる自分から現在の自分に対して、
「楽しみなさい」というメッセージが。
わかった、楽しんでなかったよね、と反省します。
そして、楽しむことをしていなかった、と反省した現在の自分から5歳ちゃんに対しては
「大丈夫だよ」と。
「大丈夫だよ」と声をかけてもらえたら5歳ちゃんはどうできるか、
「抱っこ」と言える。

抱っこして欲しかったのです、でも、言えなかったのです。
抱っこして、と言った記憶がない、とおっしゃいました。
仕事に行くおかあさんの邪魔をしてはいけない、と思っていたのです。

寂しかったよね、抱っこして欲しかったよね、ヨシヨシ。

で、終わると思ったらですね、どうにもスッキリ感がありませんでしてね!

次に出て来たのはおかあさまへの不満でした。知恵がなかった、知恵があったらもっとどうにか出来ていたのではないか、と厳しく糾弾されます。

おかあさまは家事をなさらなかった、料理もイマイチだった、家の中も掃除や片付けがなされていなくて汚かった、それはおとうさまとの諍いや、働きどおしで疲れていたことにも大きな原因があります。しかし、どうしたら片付くのか、料理はどうやってすればいいのか、本来ならおかあさまから仕込まれるべきものが仕込まれなかった。そのために、自分は出来ていない、という劣等感を抱き続ける羽目になってしまった。

ほんとうは出来ているのに。

隣の家のおばさんがとてもステキな人だった、分けてもらった料理がとてもおいしかった、教えてもらえればよかったな。うちのおかあさんとは全然違うもの。

教えて欲しかった、習いたかった。

つまりですね、これがこの方の習い事指向の根っ子だったのですよ。習っていない自分はダメだ、という穴ぼこを埋めるためだったのです。

ステキな隣のおばさんと比べてウチのおかあさんはいかしてない、おかあさんをバカにしていた、それはもちろん自分に対しても向けられる気持ち、出来ていない自分はダメだ、惨めだ、その劣等感があるがゆえに頑丈な鎧を着込まれてしまっていました。クールなふり、出来るふり、平気なふり、いろんな「ふり」がありました。その「ふり」を保てなくなった時、感情が決壊してオコリンボさんになってしまっていました。

さ、では次はおかあさんをそうさせてしまったものにターゲットを移さないといけないですね。

ご主人さまはお仕事がいそがしくてほとんど家にいらっしゃいません。ご主人さまは仕事の都合で、自分の家ではなくて実家で多くの時間を過ごしていらっしゃるのです。ご主人さまを実家に引き止めてしまっているもの、ご本人さまに嫁としての務めを強いているものがあります。

嫁としての務めを果たすことで得られるのは透明に輝く「誇らしさ」、
嫁としての役割から解放されることで得られるのはピンクの「しあわせ」、
2つを統合すると光り輝く玉となりました。
その玉があればどうなれるか、子どもに優しくなれる。

ご主人さまにはご自分のおとうさまから得られなかったものによる欠落感がありました。
それが現在のご自分に対して、家族揃っていられない、という状況を引寄せていたのです。
それはご本人さまにとってとても大きな欠落でした。

ご本人さまがお父様から得られなかった欠落感、
形は違えどご主人さまにも父親由縁の欠落感がありました、
それが今のご自分の家庭において父親不在という状況になっていたのです。

大切な人がいないのだもの、さびしいですよね。
クールに振る舞おうと思っても気持ちが飽和状態になっちゃいますよね。
その気持ちを受けとめてくれるのは子どもです。
おかあさんは子どもに気持ちをぶつけるしかないのです。
そしてオコリンボなおかあさんでダメだ、と自分を責めるのです。
自分の寂しさにはフタをして。

おかあさんに抱っこして欲しかった

おかあさんは隣のおばさんと比べていけてなかった

おかあさんに仕込まれてない自分は出来ないことがいろいろあってダメだ

おかあさんを安定させられなかったのはおとうさんだった

そして、そんな家から逃げ出してしまったことに罪悪感を抱えていらっしゃいました。罪悪感から目をそむけるかわりに、習い事に没頭されていました。

鎧で隠していたのは惨めだった自分。鎧で一生懸命に強がっていました。甘えることが出来ませんでした、寂しいと訴えることが出来ませんでした。

姿を現した宝物は、ご主人さまの大切さ。あえてご主人さまを遠ざけて、わざわざ寂しい思いをされ続けていたのです。だってちっちゃいちゃんの気持ちに気づけなかったから。

抱っこして

行かないで

ちっちゃいちゃんが言えなかった言葉、側にいて欲しい人に言っていただけるといいですね。それは側にいていいよ、と許可を与えることになります。そう、これまではあなたが許可を与えていなかったのですよ、自分を罰するために。大切なものをあえて遠ざけて寂しい思いをするために。

一緒に居てください。港を作ってください。長い遠回りでしたね。

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