(1)氣鍼医術のサイトを作っているワケ

過剰な自己開示の場であるシリーズものがこれまでにいくつかありました。
今庄ホテルシリーズ
愛情乞食シリーズ
占いに救われたことのない占い師シリーズ
溺れる者は藁をも掴むシリーズ

さ、新しいシリーズの始まりですよ♪

ごく一部の方はご存知のように、私とても困っていることがありまして。

もう何年にわたってとても、とても困っていまして。

困り果てていまして

いったい私のどこがいけないのか、何を改善しないといけないのか、どんなビリーフが悪さをしているのか、この悩みが頭から離れることがないのですよ。悩みが解決した暁にはそれを大々的に公表しようと思っているのですが、いつまでたってもその機会がやってきませんよっ。

シリーズものを書くのは、困り果てて長考に入った時のようです。書いて、とことん向き合ってるのですね。書いたら何か気づけるのではないか、状況に変化があるのではないか、と期待に(ない)胸を膨らませているのですが、今庄ホテルを書き始めた時も書き終えたら問題は解決するのではないか、とwktkだったのですが、残念ながらさしたる変化はありませんでした。

いいことないことないのです。1年前、3年前、5年前と比べたら確実に駒を進めることはできている、と思えるのですが。

が、困りごとはまったく解決しないのです。むしろ悪化。いいことがあればあるほど悪化度も増すというか(力をつければつけるほど抑圧も増す、というビリーフのようなものを最近インプットされてこれも困っている)。

直近で一番いいことというと、やはりさっちゃんの出来事ですねー。
「感動」のアンカーとトリガー
このアンカーは日々強化されていまして、いまや「さっちゃん」と思うだけで発火するのですよ。「さっちゃん」という言葉がトリガーになったのです。さっちゃんの作品を手にした時の手の中にあるものの感覚、それは消えないのです。ほんと、目に見えないものがずーっとあるのです。この感覚、かつてジョイニングの際に感じたもの以上なんです。
参考エントリー:13)占いに救われたことのない占い師

自分の中にいいものが溜まれば溜まるほど困りごとが解決しないことへの閉塞感が強まります。どないせぇっちゅうねん!と暴れたくなります。

さて、みなさんご存知のように(知らんか)「氣鍼医術」のサイトを作らせていただいてます。きっかけは、私を20年近く治療してくれているものが漢医堂でもなく玄庵先生でもなく、氣鍼医術という技術そのものである、とわかったからなんですよ(もちろんその技術を開発したのは玄庵先生ですが)。

氣鍼医術がもっと普及すれば、病気なおる人も増えるじゃん!氣鍼医術の使い手が増えればいいじゃないの!漢医堂、漢医堂とうるさく言うよりは、氣鍼医術、氣鍼医術ってやかましく言うほうがより効果的じゃないの!と思ったからなんです。

↓続きはこちら

(2)氣鍼医術のサイトを作っているワケ

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