07)公開質疑応答〜それを選んで生まれてきた

これ⬇︎の続き

問題、悩みとは、理想と現実のギャップです。理想(目指すもの)がない人はギャップがありえないので当然悩むこともありません。

問題が解決したとはどういう状態か。理想と現実のギャップがなくなることです。そのためにはどうすればいいか。
1:現実(自分)を理想に近づけるべく精進する
2:理想を現実(自分)に合わせて落とす
3:どうでもよくなる

お金がない、という問題には、お金を手にするか、お金のいらない生活になるか、お金のあるなしに頓着しない、となります。

頓着しなくたって無いものは無いんだ、払うべきものが払えないと困るじゃないか!となりますが、お金がなくなるに至ったプロセスでの穴ぼこを埋めるとなんとかなるのですよねー。お金が入ってくる、とかとは限りません。お金がない、という悩みから解放されるのですよ。

前々回の、艱難辛苦を後天的に選んだ をずっと考えていました。
タイムリーに 持病の 単純 Ⅰ 型ヘルペスが再発し、病院に行き 薬をもらいました。
ご存知の通り(まねっこしてみたかった) 単純ヘルペスの抗ウイルス薬は5日分処方されますが、これで治るはず…と言う前提です。そして、薬事法により1ヶ月に5日分しか処方を受けられません。
自費でも処方されません。皮膚にできた場合、抗ウイルス薬は飲み薬または塗り薬の一方を処方されます(大抵は飲み薬)自費で塗り薬の処方を希望してももらえません。
耐えられる痛みとの扱いですね。そんな事情にもかかわらず、私は場所を変えて 1ヶ月以内に再発を繰り返しています。
今回も 一週間を空けて、場所を変え再発をしました。1ヶ月に以内でしたが 月が変わったためか 薬をもらえました。角膜ヘルペスを発症しないために(こちらが持病の一番困ったさん)早くウィルスを抑えたいのですが、薬事法の壁は高いです。
ヘルペスは物心ついてから 発症しましたから、「私が選んだ」可能性はあると思いますが
その選択によるメリットが有って…とは思えません。
失った物の方が多いし、その病を経験した事で知った事は沢山有りますから『学びの為』と言われるのでしょうか?(別件でも知る事は出来たと思うので、必要条件では無いと思いますが)
それにしても、自分の選択だと納得できたとして どう脱却できるのでしょう?
脱却とは再発をしない事 だと思うのですが、?です。
「選んで生まれてきた」から ちょっと脇道に逸れても考えろと言われた気がして
まだ思索続行中です。
けろきち 拝


今回のけろきちさんからのお題、ある1点に対してだけ反応します。

脱却とは再発をしないこと

病気という問題から解放されることは、再発をしないことではなくて、病気が気にならなくなる、どうでもよくなる、なんですが、それをやってしまえてる人がいましてね。
それは、三浦綾子。

今日の参考図書

三浦綾子は病気まみれの人生なんですが、それは神が与えたものだから、と受け取っているのです。

この本は三浦綾子の部分よりも巻末のひろさちやの項が秀逸でして、宗教とは信仰とは救いとは何か、ということが実にわかりやすくまとめられています。

信じる者は救われる、これにつきるのです。

「選んで生まれてきた」説を支持されている方々は、「選んで生まれてきた」教の信者さんなんですよ。

ということは、「選んで生まれてきた」説の是非はいわばどうでもよくて、何を信じたら艱難辛苦を乗り越えていけるようになるか、ということではないでしょうか。

つまりは、心を苦しみから解放してくれるものさえあれば、それはイワシの頭でもいいわけですよ。「イワシの頭」教の信者になればいいのですよ。

けろきちさんは、「選んで生まれてきた」教では救われなかったわけです。「選んで生まれてきた」教の信者にはなれなかったわけです。私も同じです。


「選んで生まれてきた」教は私を救ってはくれなかったので。


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