セーギャク〜痛みの正体

出典がどこかは失念してしまったのですが、どこぞのお父さんがですね、年頃の娘に言うのです。

もしも強姦的な被害に遭ったなら無駄な抵抗するな。下手に抵抗したら殺されたり傷つけられたりするかも。

とにかく生きて帰ってこい。

生きて帰ってきてさえくれば、その後はいくらでも受け止めてやる。

ずっと寄り添ってやる。

賛否はあるでしょうけど、おとうさんにこれだけ言って貰えたら、何があっても生きていける、と思えるのではないでしょうか。

そんな服きてるのが悪い、とか、そんな時間に出歩いてるのが悪い、とかって非難されることを思えばね。

何があっても受け止めてやる、と言って貰えてるのですよ。

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さて、性的被害、対象が幼い場合は「いたずら」などと称されることがありますが、なにがいたずらや、なにが。立派な犯罪やないかい!

幼い頃の性的被害は、自分が何をされたかわからないのです。だって性的なことの知識がないから。年をかさねて自分がされたことの意味をわかることのショックときたら!

そしてまた、被害にあったことをなかなか言えないのですよ。何をされたかわからない、でも、なんかイヤなことをされたのはわかる、そしてそれはおおっぴらに言ってはいけないことだ、ということも何となく感じる。

言えたらいいですよねー、イヤだった!と。

 

そう、イヤだった、という痛みを訴えることができていないのです。

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うっかり訴えて、あんたが悪いからよ!という返り討ちをくらうことも多々。

 

さて、事例をひとつご紹介。仮にフジコちゃんとしましょう。

 

フジコちゃん、パワハラのお悩みでコネクトロンにお越しくださいました。お悩みの根っこを探るために過去を触らざるをえませんが、フジコちゃん、小学生の頃に見知らぬ男性から性的虐待を受けてました。フジコちゃん、それを「セーギャク」と言われます。

 

セーギャクについては、他所でのカウンセリングで扱っているので、すでに納得できている、とおっしゃいます。もう扱う必要がないようです。

 

いえ、ないことありません(どっちやねん。

 

そんな大きな出来事が、そう簡単に手放せるのか、セーギャクだなんて軽く言えることなのか。ひっかかりました。

 

パートナーのこと、セクシャルなことで現時点で問題が起きているわけではありません。セーギャクの痛みは本当に手放せているのか。

 

パワハラ問題に至った根っには「言いたいことが言えない」というものがありました。有能な人は課せられたものを文句も言わずにやれてしまうのですね。飽和状態になった時に声をあげざるをえない問題が

起きるのです。

 

ご家庭の環境ゆえに、幼い頃から自分の意見・感情を出すことは一切許されていませんでした。

 

セーギャクに遭ったことも、誰にも言えていません。

 

そんな目に遭いながら、素知らぬ顔で家に帰っているのです。

 

怖かった

嫌だった

またそんな目にあったらどうしよう

 

それらの感情は過去のカウンセリングで扱っていらっしゃいます。

 

が。

 

手付かずの部分がありました。

 

外でダメージを受けた後、家に帰ったなら、そこにおかあさんがいたら、ほんとはどうしたいですか。どうできたらよかったですか。

 

自分の痛みを受け止めて貰えていたなら

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丶(・ω・`) ヨシヨシして貰えていたなら

 

それができなかったこと、望むらくもなかったというおかあさまとの関係、それこそがフジコちゃんの穴ぼこなわけです。

 

表面の傷を治しただけで満足しないで。その下に、本当の傷、本当に欲しかったもの、欲しかったのに手に入らなかったものがあるのです。

 

フジコちゃんには頑強な我慢が装備されてしまっていました。自分に向き合ってくれないおかあさんの目を自分に向けるために、人が望むものをやってしまうというスキルはもちろんのこと。

 

怖かったよ、おかあさん!

嫌だったよ、おかあさん!

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怖かったよね

嫌だったよね

丶(・ω・`) ヨシヨシ

 

怖いこと、嫌なことに声をあげれるようになってください。

 

フジコちゃんには自分でも自覚できている強い正義感がありました。その正義感は、助けて貰える術をもたない弱者を助けたい、助けて貰えなかった痛み所以です。

 

正義感はフジコちゃんの強力なリソース、これから多くの方を助けることに発揮していただけることでしょう。

 

 

この数ヶ月、頻繁に富山(というか高岡)に通ってました。ローケン、銀行、裁判所、市役所、法務局、を行ったり来たりしてました。田舎なので交通が不便です。バスを待つより歩いたほうが早いです。片道50分までなら歩きます。

 

高岡には古城公園なるものがあります。たいした観光資源もない街ですが、この公園だけは掛け値なく立派だと思います。

 

役所から徒歩で駅に向かう途中に公園があります。前を通るとこんなものが目につきました。

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うわ、乗りたい!小さい頃から眺めるだけだったお濠を船で廻れるなんて!!(ちなみに、幼稚園の頃に濠の水際まで降りて、白鳥に服をくわえてひっぱられて、水に引きずり込まれたという楽しい思い出もあります。その時は号泣してましたが。)

 

乗船客は私だけ、貸切です。異様に気持ちが揚がりました。お濠だよ、お濠、と。

 

この公園で私は何回も「いたずら」されてるのです。何十年ぶりで足を踏み入れるときはちょっと思い切りが必要でしたねー。

 

何度も、って一回やられたら懲りて行くなよ、というもんですが、ほかに居場所がなかったんでしょうかね。

 

いたずらされても、誰にも言えません。小学生中学年くらいの頃でしたかね、公園の帰り、私の風体がよほどひどかったのか、近所に住む叔母に見咎められました、どうしたがいね?(高岡弁)と。

 

正直に答えました、お尻の穴になんか入れられた、と。だって当時私はまだ初潮前、自分の体に肛門以外の穴が存在していることは知らなかったのです。

 

叔母は息を飲みましたが、気をつけられ、と言って終わりです。自分が何をされたかわかったのは、中学生になってからです。

 

このことは記憶にしっかり残っているので、それなりに処理できているつもりだったのですが、フジコちゃんの事例でわかりました。

 

私にもできてなかったのです、嫌だったよ、と声をあげることが。

 

されたことではなくて、それを嫌だと訴えること、そっちのダメージのほうがでかかったということです。

 

痛みの本当の正体です。

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子供に手を出すクズになんて傷つけられていない、私が本当に傷ついたのは、救いの手が差し伸べられていないことなのです。

 

あなたの傷の正体、見極めるお手伝いさせていただきます。

  

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神戸元町コネクトロン https://www.connectronkobe.com/

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