さよなら、クリスマスツリー

昨年末から追いかけてきた(といっても何をするわけでなし、Twitterのタイムラインに流れてきたものを見てただけですが)「世界一のクリスマスツリー」、自ら視野にいれることは終わりにします。

土台、基礎の上に建物は建っています。

土台がしっかりしていないと、基礎にヒビが入ってしまうと、建物はぐらつきます。高く積み上げていくことに支障をきたします。

ヒビが入ってないか、ぐらついてないか、というチェックは下部であるほど必要ですよね。下層をスルーして上層だけテコ入れしたって、下層がぐらついてしまったらあきませんやん。

下層=過去

上層(近い過去)を触るより、より下層部のメンテをするほうがぐらつき対策として有効でしょ。

なのでコネクトロンでは、問題の原因をより過去に、より幼い頃へと探しにいきます。

同じ体格の人がいて、果たして同じ重さのものを持てるかどうか、力のほどを左右するのは見た目だけではありません。

同じ出来事があって、人によって受けるダメージが違うのは、受容器のキャパが違うからです。

持って生まれたキャパもありますが、後天的な要素によってそのキャパの容量も変わります。増やすこともできれば、そのつもりないのに減っちゃうことだって。

なぜ減るのか、いらんものが入ってしまうから。
参考エントリー:堪忍袋の容量をアップしましょう

いらんものが入ってしまって堪忍袋の容量が減った状態が、ヒビが入ってしまったってことです。いろんなもの、支える力が減ってしまうのです。

あなたという基礎、土台にダメージを与えたものはなんでしょう。それが起きたのはいつだったでしょう。どんなダメージを受けてしまったでしょう。

あ、いい例え思いついた♪

体調悪いとしますやん

体調悪いと、そうそう機嫌よくもしてられませんやん

しんどいわー

いらいらするわー

むかつくわー

沸き起こってきた感情のほうにばかりフォーカスして、体調が悪かったこと忘れちゃうんですよ。これ、体調に限らず、非常に多いケースです。その感情の元が何かを見失ってしまうのです。

体調わるいの忘れちゃって、しんどいとこにさらに感情を逆なでするものがやってきたとしますやん、やってきたものに思っきし八つ当たり状態です。本来なら、そこまで怒らんでもええやん、というくらいに怒ってしまいます、怒らされてしまいます。

感情はひたすら目の前の「後から」やってきた対象にぶつけられることとなります。

もともとはね、体調悪くてしんどいわ、これだけなんですよ。

下層の怒りは正体が見えにくくなり、そして押さえつけられた分その力は倍増されます。倍増されたものが、目の前のものにぶつけられます。

後からやってきたもの、仮に特殊な力を持つクリスマスツリーだとしましょう。そのツリーの力で、多くの人が感情をゆさぶられます。感情を共有できているようにうっかり勘違いしちゃうかもしれません。

人を建物とするなら、何階建ての建物であるかは当然違いますし、どのような基礎、どのような地盤に建てられたものかも違います。自分という建物がどのように揺さぶられたか、それはツリーのまわりに建ってる建物が一様であるはずないのです。

同じ事柄で同じように揺さぶられないのは、それは下層に所有しているものが違うからです。

本当に声をあげているのは、下層に潜んでいる、長年抑圧されてきたものなのです。

抑圧してきたのはなぜか。

見たくなかったから。

ないことにしたいから。

それだけ辛かったから。

そして、ここ超重要。

辛いのは、痛むのは、それだけ大切であるシルシです。大切でなければ、傷つけられたって構わないのです。大切なものが損なわれたから、辛いのです。

失った辛さに蓋をしなければ、失ったものの大切さを取り戻せます。

いえ、取り戻せません(どっちやねん。

取り戻せるのは失ったものそのものではなくて、それがあったという喜び、大切なものを大切にしたいと思える心、これこそがリソースです。取り戻すべきリソースです。

失った悲しみの前に、すべてを見失わないでください。

かつて確実に存在していた大切なもの、それは確実にあなたという地盤の一部なのです。地盤の強化のためには、大切であったものが損なわれた痛みに向き合うことは不可欠なのです。

地盤を強化できれば、目の前の問題への対処の仕方がかわります。以前のようにダメージを受けることがなくなっていきます。ただやられっぱなし、傷つきっぱなし、ということが減っていきます。

世界一のクリスマスツリーのタグに集っていたみなさんは、被災者であり遺族である方が多かったですが、大切なものを杜撰に扱われた怒りのあとに出てきたのは、過去の悲しい記憶であることがたいへん多かったように感じました。

ツリーはトリガーだったのですよ。

出てきたものの正体がわからず、持て余していらっしゃる。

と、感じました(個人の感想です。

私はそこを見過ごすことができなかったのです。ツリーによって顕にされたもの、それが私の目をツリーに釘付けにしたのです。

私自身は被災者でもなければ神戸民でもないことが引け目でした。
参考エントリー:23年目の同情・共感・シンパシー
神戸には30年以上住んでいてもずっとアウェー感を払拭できなかったのですが、ツリーによってお気持ちを出された方々を見て、神戸っ子とひとくくりにしてしまっていた、おひとりおひとりの姿を見ていなかった、それこそがアウェー感の元だったのだな、と気付かされました。

痛みは大切なものを思い出させてくれるきっかけです。

大切なものを思い出せたなら、今の痛みも軽減されることでしょう(無くなる、とまではいいません。

大切なものが自分にもあったのだ、とわかったなら、それは今の自分を大切にすることにつながるのです。

大切なもの、あったよね

大切だったよね

大切にしてもらえなくて

大切にできなくて

辛かったよね

丶(・ω・`) ヨシヨシ

神戸という街が東京資本の後追いをすることなく、こじんまりとした本来の居心地の良さを失いませんように。

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