人の不安を笑うな

占い屋さんでご相談1件いくら、ってとこと、30分いくらとかって時間制のとことありますよね。
今の仕事を始めた当初、1件いくら、ってのがピンとこなかったのですよ。
例えば。
結婚できますか?というご相談、その問いに「できますよ」とか「できませんよ」と答えて、それで終わるものなの?と。
献血ルームで、ひとつご相談が終わると「もう一個いいですか?」さらなるお題を出してこられることがよくあります。時間が許す限りお引受けしますが。
が。
キリが無いんすよ。
ひとつ終わると、じゃあ次は、と延々と続くのです。

これはどういうことか。
不安の根っこがあるのです。その根っこを無くさない限り、不安の芽は次から次へと出てくるのです。
不安の根っこ、不安の正体をはっきりとさせないと、アンモナイト。
「心配しなくていいよ」と言われて不安がなくなるなら、警察いらんやんね!!
本日のテキスト「人の不安を笑うな(小田嶋隆)

しかし、ちょっと考えてみればわかることだが、恐怖は思考なんかでは撲滅できない。当然だ。不安も情報収集で消せるようなものではない。もちろん嘲笑でリセットできるものでもない。
中略
つまり、不安ほど圧倒的で制御不能な感情はないし、恐怖ほど切実に人間を動かすものはほかにないというのが、前の世紀までに普通に生きている人間にとっては、ごくごく当たり前の人生観だったはずなのだ。それほど、人生は、恐怖と不安に支配され続ける経験だったと言い直してもよい。
とにかく「理性で不安が消せるだと? 冗談言うなよ小僧」

不安とは、加害の有無がわからない、安心できない、ということ。
加害の経験がない人は不安を抱きません。
つまり。
傷があるから不安を感じるのです。傷がまだ癒えていないのです。
とあるケース、今年の運勢どうなるの?と気にされた男性がいらっしゃいました。
これこれこうですよ、とお伝えし、悪いことないんですね、と安堵されたようでした。
しかし、さ、これで終わり、という段になって、病気とかしませんかね?と尋ねてこられました。
ご病気、それもメンタルのもので長く休職され、復職されたところでした。
病気といえばそれだけでも不安ですが、メンタルなら尚更のこと再発への不安があることでしょう。

心を痛めた傷が残っている。
また傷つきたくない。
大丈夫ですよ、といくら言っても簡単にその不安は無くならないことでしょう。
必要なのは「大丈夫ですよ」ではなく、「しんどかったよね」です。
丶(・ω・`) ヨシヨシ

私が書いた楽しいお灸の記事です。

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