罪を憎んで人を憎まず

子供を叱ってしまう、という子育てのお悩みによくある回答。
◯◯はダメな子ね、と子供そのものを否定するのではなく、やってしまった行為を戒めなさい、とね。
これが罪を憎んで人を憎まず、です。
でも。
向き合っているのは物や現象ではなく、目の前にいる人ですよね。
理屈ではわかるんですよ、悪いのは罪であって人ではない、と。
人を責めてはいけない、憎むなら罪を、と頭ではわかってるんですよ。
頭(理屈)を優先するとどうなるか。
気持ちが置いてけぼりになります。
置いてけぼりになった気持ちさんはどうなってしまうか。

40代女性さま(仮称:ユンキーさん)、久々にお越しくださいました。お顔が柔らかいのです。
何かいいことありましたか?と言ってはみるものの、便りがないのは元気なシルシ、残念ながらコネクトロンにお越しいただくということは何か困ったことがあったということですよね。
それでもお顔の印象に嫌なものを感じないのは、わかりやすく階段を上ったということは無いにしても、緩やかに坂を登ってこられた結果、かなりの高みにまで歩を進められたというシルシと思います。
外見は一番外側の中身、というのはこういうことでしょう。
おっと、脱線しそうになりました。
職場のお困り事です。何が起きているかを切々と訴えられるのですが。
が。
まずは困りごとを引き起こしている張本人さんに苦言を呈されます。
◯◯さんったらほんとにもー!!と。
しかし。
いつしか◯◯さんに触れることはなくなり、困った現象そのものをいかに解決改善するか、ということに着地しています。
そして◯◯さんを思いやる発言が増えるのです。
あれ?
あれ?あれ?
ユンキーさん、めっちゃいい人じゃない?
でも、この現象は今に始まったことではありません。
つまり。
ユンキーさんは自分の怒りを出し切れないのです。
罪を憎んで人を憎まず状態になってしまっているのですよ。

ユンキーさんが怒りを出し切れなかったのはご家族。
ご家族のやらかしたことの尻拭いに長く奔走されていましたが、張本人のご家族そのものに怒りをぶつけられることはないのですよ。
出し切れなかった気持ちはどうなるか。ぶつける対象が必要です。
それが、「職場の問題」という現象となっているのです。
押さえ込まれた気持ちが大きくなればなるほど、それをぶつける対象も手強くなります。
ユンキーさんはやらかした人を憎まず、現象だけに怒りをぶつけていらっしゃるのです。
罪さんはユンキーさんの気持ちを受け止めてはくれません。
気持ちを受け止めてくれるのは人だけ。
罪を憎んで人を憎まず、制御できない気持ちを抑え込むにはそれが必要なときもあるでしょうけれど。
ど。
◯◯ちゃんてほんとにもー!!
おかあさんってほんとにもー!!
気持ちのボールを投げて、それを受け止めてもらえること、それが一番必要なことです。

ブロックしているもの「裁き」
ユンキーさんは他者を裁くフリをして自分を裁いているのです、責めているのです。
こんなことで怒ってしまうダメな私
感情を制御できないなんて
そうやってユンキーさんは、起きてしまった出来事を片付けるために持って生まれた才能を使っていらっしゃるのです。
穴を埋めるために。
埋めるための穴を作ることにエネルギーを使うのはもう止めませんか。
現状は「世界の逆位置」、ご自分の力のほどがわかっていません。不要に大きな山を片付けて他者からの承認を得るのではなく、まずはご自分で認めましょう。
様々なトラブルを解決されてきたこと、ご自分の優秀さを認めるには十二分ではなかったでしょうか。
穴を埋めるのではなく、積み上げて山を作り上げることを新たな目標となさってください。
そして。
人を憎んでいいんですよ。
憎みたくなるくらい傷ついてしまったのだから。
丶(・ω・`) ヨシヨシ
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