心に刺さったトゲは抜けてない(かも)

TODAY'S CONTENTS

1:おかあさんの扉
2:年賀状大事件
3:心のクサビってほんと小さい
4:まとめ

1:おかあさんの扉

相変わらずKindleアンリミで漫画を日に10冊は読んで余生を無駄にしている私です。

これはお得!と読み出したのがこちら。

4コマ漫画ってストーリーものより読むの時間かかるんですよね。なかなか読み進められず困っているのですが。

ひっかかったとこ。

小さい子供だというだけで特権階級的にチヤホヤされる時代の終焉、自分は持ち得ない価値を持っている他者が尊ばれることを人生で初めて知る時。

これが自己否定の始まりでしょうか。

あ、そういや「俺の家の話」の第何話かにもあったなあ。

後継長男の息子と同じ舞台に立つ従兄弟が、”どうせみんな秀生を見にくるだけなんだ、誰も俺のことなんて見ないんだ!”とぼやくシーンが。

そうそう、この「どうせ」。自分と「どうせ」がセットになったら、それは立派な「私なんかどうせ」病。

2:年賀状大事件

見出しに目が釘付けになりましたよ!

書き損じてしまった年賀状、この世の終わりのように泣き暮れていたらおかあさんとお婆さんから助け舟が出されました。

これ、救いの手がなかったらどうなってたでしょう。

3:心のクサビってほんと小さい

どちらも些細なエピソードです。

いえ、些細ではありません(どっちやねん。

それぞれが起きた時点では、小さい子供にとっては、世界が終わるくらいの出来事だったのでは。

いえ、終わりません(どっちry。

終わるのは”それまでの世界”です。

自分がこの世の中心だった世界

思いをつつがなく実現できる世界

当然と思っていたものが足元から崩れます。

自分で自分を殺めることを知っている年齢なら、絶望のあまりやらかしてしまう恐れもあるでしょう。

※超余談
ここで「絶望のあまりやらかしてしまう”可能性”もあるでしょう」としてはいけないのです。可能性とは起きて嬉しいことに対して使う言葉であって、好ましくない出来事が起きる際は可能性ではなく”恐れ”なのです。

伊藤理佐家のケース、自分が世界の主役から外されてしまった子供は自分を殺める術を持たないが故に、外された、という思いを抱いて生きていくこととなります。

当人は忘れ去っているエピソードかもしれませんが、トランスに入ったら絶対に出てくると思います(断言。

年賀状のケース、ほんとおかあさんとお婆さんからの救いの手があってよかったですね。

もしなかったら。

失敗してしまった、という自責を抱えて、失敗を異様に恐れるようになってしまうのではないでしょうか。

もしもこの方が、何かに一歩を踏み出せない、というお悩みを抱いたとするならば、原因としてトランスの際に年賀状大事件が出てくる”恐れ”極大です。

4:まとめ

たまたま目にした2つのケース、大人になってからの問題が小さい頃の些細な出来事に端を発しているかも、という例としてあげさせていただきました。

2つの例の女の子、つつがなく成長されるなら何よりですが。

が。

もしも、もしも、歩を進めることができなくなった場合、記憶の表層から姿を消している出来事が悪さをしているやも、ということです。

さ、どうすればいいか。

みんなが自分のこと見てくれなくて寂しかったよね、自分には価値がないと思っちゃったよね。

丶(・ω・`) ヨシヨシ

失敗してショックだったよね、また失敗したらどうしよう、って怖くなっちゃったよね。

丶(・ω・`) ヨシヨシ

最後までお読みくださりありがとうございました✨

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