どうせ明日も生きているなら

これがなんか引っかかって、残してたんですよ。

七転び八起きみたいな感じですかね。転ばないことなんてない。生きてる限りなんかある。

生きているなら。

常に復興中、完成して終わりってないよ、と思ったのです。

オチになるものと今朝遭遇しました。

生き続けるって逃げ続けること。作家の田中慎也さんのテキストです。不勉強ながら知りませんでしたが、これはずっと主張されてるのですね。

復興の途中、ということはこれから先がある。

生き続ける、ってもちろん明日がある。

どうせ明日も生きてるなら、たとえ死ねないから生きているであったとしても、どうせ生きてるなら。

と、ここまで書いてちょっと行き詰まる。

タイトルは最初「あなたの中のちっちゃいちゃん」にしようと思ったのです。

復興し続けることを、逃げ続けることを厭う人もいるだろうな、でもそれは、ヨシヨシという行為そのものなんだよ、と。

復興は終わらない、生きるために逃げなくてはいけないこともある、それはいわばちっちゃいちゃんが声をあげてることなんだよ、と。

ちっちゃいちゃんが姿を表してくれることの意義は、ヨシヨシができること。

ヨシヨシしなきゃって気持ちを持てること。

それはもちろん自分だけに対してじゃなくて、自分以外の誰かにも。

復興が必要ということは、破壊されたものがあるということ。

逃げるということは逃げたいくらい辛いことがあるということ。

破壊されてイヤだったよね

逃げたいくらい辛かったよね

丶(・ω・`) ヨシヨシ

ヨシヨシは生きてる限り続けていく作業。ちっちゃいちゃんは居なくなることなく、いつでもあなたの一番の味方です。

あなたがちっちゃいちゃんの一番の味方であるように。

どうせ明日も生きているなら、明日のためにヨシヨシを。

最後までお読みくださりありがとうございました✨
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