「おじさんはカワイイものがお好き」考察その1

たった5話で終わってしまった
「おじさんはカワイイものがお好き」

https://www.ytv.co.jp/ojikawa/
ツッコミどころが山ほどあるドラマでした。

テーマを大きく3つに分け、2つをこちらに、残りを https://note.com/saba_atama/n/n5a19418e2505 に書きました。

その1:好きなもの

その2:友達

その3:イケオジ

その1:好きなもの

うちのチビが小学生の頃です、彼は「たれぱんだ」が大好きでした。

https://www.san-x.co.jp/tarepanda/

いえ、好きではありません(どっちやねん。

たれぱんだを筆頭に「カワイイもの」が大好きだったのです。

男のくせに、と級友から揶揄されたことがありました。そのときひとりのクラスメートが「男とか女とか関係ないやんか!おれはこいつがカワイイものが好きやっていうのが大好きや!」と声をあげてくれたのです。

惚れてまうやろ!

その子とは個人的に仲良しだったのか、それとも単なる正義感で声をあげてくれたのか、それはわかりませんでしたが。

揶揄されたがゆえに己の「好き」を封印する恐れもゼロではなかったと思うのですが、幸いにもチビは自分の「好き」を貫いています。今でも彼のキーホルダーには「カワイイもの」がぶらさがっています。

心のフタというものは場所を限定して置くことはできなくて、ほんとに隠したいところよりかなり大きなフタじゃないと乗っからないのです。

ゆえに、隠したくない場所、隠してはいけない場所にもフタがなされてしまいます。

これが「好き」を封印することの最大のデメリットです。

「好き」はとても重要です。

しかし。

「推し」という言葉の便利なことよ。

「推し」のためならなんでも許される感ないですか。「好き」というのがこっ恥ずかしかったら「推し」って言えばいいのですよ。

「好き」なものがないと嘆いていらっしゃる方も、「推し」ならあるかもしれません。「推し」ているものが、「好き」なものかもしれませんよ。

この「推し」「好き」を「趣味」に言い換えてもいいかもしれません。

ちなみに私の趣味はサイゼリヤと献血です。

私の好きなものはサイゼリヤと献血です。

私の推しはサイゼリヤと献血です。

うーむ、口にすると微妙に違う。

好きなものがない、趣味がないという方、これやってみるのオススメです。なんか見つかりそうですよ。

その2:友達

「おじさんはカワイイものがお好き」の最終回で、ケンタを探している小路さんに顔見知りの女の子が「オジさんのお友達、あっちにいるよ」と教えてくれました。

この女の子はケンタが小路さんの「友達」であるとどうして判断したのでしょうか。

というか、あなたにとって「友達」とはどのように定義されるものでしょうか。

みなさんご存知のように(知らんか)私には友達がいません。いるのは「好き」な人と嫌いな人だけです。これ言うと嫌がられるんですけどね。

友達と認定できないのは、「私なんかがあなたの友達だなんて」と申し訳ないからです。私は片思いでいいのです。

さてドラマには登場人物それぞれが「友達」という関係をどう捉えているかを示すセリフがありました。

小路:ケンタくんは推しの話を一緒にするただの知り合いだ

推しの話を一緒にするだけでは、友達ではないのですね。ではどうなったらケンタくんを友達と認めることができるのでしょうか。

ケンタ:小路さんが喜んでいるところを見ると俺まで嬉しくなっちゃう

喜びを共有できている友達だから?じゃあケンタの喜びってなに?

鳴戸:友達なんてわずらわしいと思っていたのに、真純とは「出会ってしまったから」

真純との出会いは何が特別だったの?鳴戸の好きな猫ちゃんがつないでくれたものだから?猫好きを否定されることなく、共に愛でてくれたから?

真純:大人になってもそういう友達っていいですね

では「そういう友達」ではない友達とは?真純にとって友達とは、自分の冷静さを失わせるものではなくて、制御された自分ありきのものであった?

4人それぞれが自分の「好き」を抑えていました。

封印していた「好き」を安心して出せる相手、それが彼らにとっては友達なのですね。ついでに言うなら「嫌い」も安心して出せるにこしたことないのですが、それはまた別の機会に。

相手の「好き」を認められるということは、認めてもらえなかった痛みを認めることもセットでしょう。

「好き」を出すことの邪魔となる最たるもの、それは出せなかった痛みではないでしょうか。

痛みをわかってもらえるかも、という気配が人と人の距離を近づけ、友達街道へと続くのですよ。



その3:「好き」と「友達」

小路とケンタ、鳴戸と真純がペアです。それぞれが相手にちょっとしたプレゼントを渡すシチュエーションが何度もあります。

相手の「好き」がわかっているからこそ、喜んで欲しいな、喜ぶ顔がみたいな、と選ばれた品物。

自分が好きなものを貰ったら嬉しいから相手にも好きなものをあげたい。そして喜んで欲しい。喜ぶ顔を見れたら自分が嬉しい。

自分の「好き」と相手の「好き」が無限スパイラルです。

自分の「好き」を伝えるのは相手のためにこそ。友達のためにこそ。

「好き」と「友達」みうしなっていませんか?

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