おかあさんにも穴ぼこはある

齋藤一人系の人が同じことを言っても「けっ」って思っちゃうけど、この方が言うと、そうだよなー、と頷いてしまいます。

ここんとこ読んだもので、人って簡単に死ねないんだなーと思わされるものが多く、死ねないから生きてるってほんとそうなんだな、と。役目があるから生かされている、じゃあ自分の役目ってなんなんだろう、と考え込んでこじらせた人が天職ジプシーになるのか。

死ねないから生きてる、実に深い絶望を抱えて生きていらっしゅる方が少なからず。それはそれは迂闊に手を付けられないほどの深い傷を負っていらっしゃる。死ねるものなら死にたい、とおっしゃる。死ぬのが怖いから、痛いのがイヤだから生きてるだけ、とおっしゃる。

でも。

死なずに、命を絶たずにコネクトロンにお越し下さったということは、何かを求めてのこと。

みなさんご存知のように(知らんか)私はたいした苦労をしてないというのがたいへんコンプレックスでして!折れるほどのこともないのになんでこんなに弱いんだろうな、と己のヘタレっぷりがほんっとうにイヤでしてね!!黒タママは大切に飼ってますしね!!!

で、深い深い絶望を抱えて来られた方々がいちように実に美しいものを持たれている。過酷な時を乗りこえてきてどうしてそうも汚れずにいることが出来るのか、と感嘆です。大家さんの言葉を借りるなら、みなさん修羅場を乗りこえて魂を磨いてこられたからこそそのように美しいものを持っていらっしゃるのだろうな、持っているのではなくてまさに自分自身が美しく磨かれているのだろうな。

磨かれた美しさを羨ましくは思いますが同じ輝きを得るために苦労が必要なのであるなら、ヘタレな私的にはそれは全力で辞退させていただきますよっ。

せっかく磨かれたものを持っていらっしゃるのに、それに気づいていらっしゃらない方の多いことよ。いいものあるじゃないですか、と言っても頑なに認めようとされません。磨くためにせざるを得なかった苦労のダメージが大きすぎるんですよね。磨かれたくなんかなかったのに、って。

先天的であっても後天的にであっても、誰しも美しいものを持っていらっしゃいます。宝物。その存在に気づいていただいて、それをご自分のリソースとして受け取っていただくこと、それをしていただけるようになることが私の役目のひとつかな、と最近は思ってます。

あー、長いイントロだった。

みなさんご存(ry)、私の母は6個の通変星(出生時間わかんないから)の中に傷官が4個もあるという恐ろしい人で、まわりに居る人を常にナイフで傷つけて出血させてる、みたいな人だったのです。命式を作れるようになった時これを見て、もうしゃーないよな、とあきらめがついたのでありました。

おかあさんがきつかったって方、おかあさんの命式見させていただいたらたしかにきつめの命式であるケースが多いです。きつかった原因はわかったとしても、それで自分が傷つけられたことがチャラになるわけではありません。納得できることとは別なのです。ここ、他のことでも勘違いされてる方が多いですね。なんだ、そうだったのか、とわかることで済んでしまうことと済まないことがあるんですよ。

命式にきつい要素がないのにきつくなったということは、他に原因があるからです。おとうさんであったり、おかあさんのおかあさんであったり、おかあさんのおとうさんであったり。おかあさんが受けてしまった傷を子どもがまた引き継いでしまうのです、言わば不の遺産です。

おかあさんも可哀想だったんだ、と気づいていただけることでご自身の傷が軽減されます。ここでも注意が必要です。おかあさんも可哀想だったんだ、ということでご自身がおかあさんから受けた傷をチャラにしないでくださいね!!

しつこいですが、原因がわかることと自分の痛みを手放せることは別モノなのですよ、相殺しないでくださいね。ここがですねー、原因探しにばっかり熱心になってもしゃーないやんか、というとこです。いくら前世まで遡ってそれっぽいものがあったとしても、「だから?」ってなっちゃうんですよねー。

きついおかあさんの場合、子どもはどうなるかというとおかあさんの顔色をうかがう子になってしまいます。顔色をうかがうという癖は大人になっても無くなっていません。

では、弱いおかあさんの場合はどうなるか。弱いおあかさん、つまり子どもに頼るのです、すがるのです。ほかにすがれる人が居ないから子どもにすがるのです。おかあさんが本来すがるべき人は誰だったか、おとうさん(つまり夫)だったり自分のおとうさんやおかあさんです。頼りたいのに頼れなかった、甘えたいのに甘えられなかった、という穴ぼこをおかあさんは持って居るのです。

そしてその穴ぼこを埋めるために子どもに頼るのです。頼られた子どもはたまったものではありませんよね、本来は自分が頼りたい、甘えたいとこなのに、それが出来ないのです。はい、甘えられない人のいっちょう出来上がり!!これまた親の顔色をうかがう人になってしまいます。おかあさんには何をしてあげたらいいんだろう、弱音吐きたいけど今は吐いちゃダメな時だよね、等々。

人の穴ぼこを埋めるばかりで自分の穴ぼこは大きくなる一方です。いえ、埋めてられません(どっちやねん。

誰かの犠牲の上に成り立っているものは、その人の幸せではありません。子どもの犠牲の上になりたっているものは親の幸せではないのです。たとえ子どもがそれを自分の幸せだと勘違いしていたとしても。そう、だって勘違いなんですよもの、これが私の幸せなんだ、って一生懸命に言い聞かせているだけなんですもの。

あなたの穴ぼこは誰によって作られたものなのか。その人の穴ぼこは誰によって作られたものなのか。あなたを現在「そう」させているのはあなたの穴ぼこを作った人の穴を作った人なのです(わかりにくい?

「まず」はあなたの穴ぼこをヨシヨシしてください。そしてあなたの穴ぼこを作った人をヨシヨシしてください。これが前後してしまうと、あなた自身の穴ぼこをヨシヨシできなくなります。フタしてしまいます。

おかあさんがきつかったよね。

あなた、しんどかったよね。

おかあさんがおばあさんのせいできつくならざるを得なかったんだよね。

おかあさんもしんどかったよね。

あなたもしんどかったよね。

おかあさんのこと心配だったよね。

おかあさんのこと好きだったよね。

おかあさんに愛されたかったよね。

ヨシヨシ。

最後までお読みくださりありがとうございました✨
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