「だよね」る〜運命の子:トリソミー

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通常は父親と母親から1本ずつ受け継いだ2本の染色体が、3本となっているもの、これをトリソミーというそうです。その染色体の場所によって13トリソミー、18トリソミーと呼ばれています。21トリソミーはダウン症です。

染色体異常であるトリソミー、長く生きることができません。多くは妊娠中の流産、もしくは死産となってしまいます。無事に産まれることができたとしても、半数以上が生後1ヶ月で命が尽きてしまいます。短命であることから逃れられないので、医療の現場では治療をあきらめられてしまっている、見捨てられた病気でした。「どうせ死ぬんだから」治療したって意味ないじゃん、手術したって意味ないじゃん。これが当たり前だったそうです。

でも、親にとってはせっかくやってきてくれた赤ちゃん、「絶対に長生きしませんから」といくら言われてもあきらめることはできません。なんとかしてくれ、とすがりつきます。その声に応える現場の人が増えることによって、少しずつ長生きする患者の例が増えてきました。

でも。

トリソミーは絶対に長生きできないのです。1ヶ月もてばいいほうだろう、と言われていたのがたとえ半年、1年と生きながらえることが出来たとしても、いつ命の灯が消えるかわからないのです。一緒に居られる時間がいつ終わるかわからないわが子、親は必然的に今・その時に真剣に向きあわざるを得ません。どの一瞬も目に焼き付けておこう、と思っていらっしゃることでしょう。

障害を持った赤ちゃんの誕生を迎えると、両親には喪失感が生じるという学説がある。障害児の誕生は「期待した健康の子どもの死」だからだ。肉親の死にあたって、私たちはいつまでも悲しみに浸ることができる。そして、長い時間をかけてその悲しみから徐々に立ち上がっていく。
しかし障害児を授かった場合には、親の務めとして養育という仕事が待っている以上、いつまでも悲しんでいる暇はない。すぐにでも受容することを急かされる。

そう、この本のテーマはですね、受容だと思いました。

13トリソミーの朝陽(あさひ)君は数々の奇形を持って生まれてきました。小眼球症、左外耳道閉鎖、先天性難聴、口唇口蓋裂、多指症、停留精巣、動脈管開存、脳低形成、等々。

初孫を待ちこがれていた朝陽君のおばあちゃんは、朝陽君の様子を電話で聞かされて泣き崩れてしまいました。そして、孫が抱えているものに向きあうことが怖くてせっかく生まれてきたのになかなか顔を見に行くことができませんでした。

朝陽君に面会しようとしないおばあちゃんに、朝陽君のおとうさんは怒りました。すると、朝陽君のおかあさんが朝陽君のおとうさんを怒ったのです。

なぜか。

パパを叱りましたよ、「余計なこと言って!」と。私にはお義母さんの心情がわかります。当たり前だと思います。お義母さんを責めるような話ではないです。私だって初めに朝陽を見た時にショックを覚えました。そのショックは誰もが感じると思います。だからお義母さんにそういう気持ち、怖い気持ちがあっても、それは当たり前です。

怖いよね、奇形の子って怖いよね、と朝陽君のおかあさんはおばあさんの気持ちを受け入れるのです、だって自分もそうだったから。でも、おとうさんはそうはできなかった。

なぜか。

お義母さんにも、お義父さんにも、心の中にショックがあったと思うんです。みんながそういう気持ちを抱えながら、それを消化して、いつかは面会に来るだろうと思ったし、どういうふうに考えるかは人それぞれという気がしたんです。だから面会に来ないといって責めてはいけないと感じたんです。主人は主人であの時期は本当に辛かったはずです。それをお義母さんにぶつけたんじゃないでしょうか?

一番辛いのは朝陽君のおかあさんのはずです。でも、自分が辛いからこそ、人の辛さも受け入れることが出来るのでしょうね。おとうさんはおかあさんほどにはそれが出来なかった。朝陽君が持ってうまれた障害に対して、それをダメージだと思っちゃいけない、と自分に言い聞かせてしまったから。

これがですね、常日頃うるさく言ってます「言い聞かせる」ことの困ったとこなんですよね。

ダメージを受ける

それを受容できない

平気、平気、こんなの気にしちゃだめ、って言い聞かせる

どんどんたまっていく

飽和状態

爆発する

朝陽君のおかあさんは自分を言い聞かせることをしませんでした、他者に対してもそれを押し付けませんでした、朝陽君のおかあさんが言い聞かせるかわりにしたことは

お義母さんだってショックだよね

と、お義母さんの気持ちを受け入れることでした。

お義母さんだってショックだよね、私だってショックだったもん

受け入れること=だよね

辛いよね

苦しいよね

むかつくよね

受け入れられたなら、受けとめてもらえたなら、その感情は成仏することができます。

辛くない、辛くない

苦しくない、苦しくない

平気、平気、と言い聞かせてしまったら、その感情は行き場を無くしてしまいます。

向きあいたくない気持ちこそ、目を背けてしまいたくなるものこそ、
「だよね」と受け入れてください。それが手放すための第1歩です。

だよね、と受け入れることを今後「だよね」る、としましょうか!!試験に出ますよ、覚えておいてね!!

最後までお読みくださりありがとうございました✨
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