続:上手なコミュニケーションってなに?

上手なコミュニケーションってなに?

アエラが記事としてとりあげた、ベネッセの「こどもちゃれんじ」の普及によって「できすぎる」子どもが頻出してしまったという事態、それは何を現すかというとマニュアル社会です。新米ママさんたちはベネッセによって提供された子育てマニュアルによって育児を行っていたのです。

たしかにテクニックはあります、こうしたらいいよ、ってのは。でもそれは本来は自分の試行錯誤によって会得するはずのものです。試行錯誤というプロセスを省いて HOW TO だけを手にしてしまうとどうなるか、自分で考えられなくなります、マニュアルがないとやっていけなくなります。

ベネッセのマニュアル提供ビジネスはいまや猫や犬にまで対応しているのです。

マニュアルという概念は、そもそも他民族国家のアメリカで言葉が通じない人と意思の疎通、最低限必要なことを伝えるために出来上がったものです。

ファストフードショップでフライドポテトを揚げるためのフライヤーの使い方を言葉が通じない人にわかってもらうためのマニュアルは必要でしょう。しかし子どもや犬や猫をフライヤーと同じに扱っていいものでしょうか?

マニュアルに頼った時点でそれはモノになってしまっています、不都合がないように事をすすめることが最大の目的になってしまっています。

不都合=想定外の出来事を自分で考えてどうにかしなくてはいけない事態

想定外の出来事、失敗への耐性がものすごく少なくなってしまっている、と強く感じます。失敗しないためにどうするか、マニュアルや占いに頼ります。そ、だから占いにばっか頼る人って依存や逃げてる感が否めないのですよね。

失敗は成功の母という手垢がつきまっくった言葉に頼るまでもなく、人を成長させるのは失敗なのですよ、失敗しないと学習できないのですよ、失敗を恐れてマニュアルに頼っていると自分で考えることができなくなるのですよ。

マニュアル通りに出来ていると「上手(うわて、ではない)」に出来ます。マニュアル通りにできない人は「上手(うわて、ではない)」に出来てない人、となります。だってマニュアルは上手にやるためのものだからね。

上手に出来てるとか出来てないってことが気になるってことは、遵守すべきマニュアルに乗っかれてるか、どうか、ってことが問題になってることが多いように感じます。

マニュアル通りに出来てるかどうか、それはあなたの本来の能力の物差しではないのです。

育児ママ時代ですね(いまでもまだ育児してるけどさ)、賢いママ、上手な育児、とかって言葉がたいそうプレッシャーでした。

さて、本題です。

コミュニケーション術を提示するものがたいへん多いです。「人づきあいがうまくできない」って人の弱みにつけこんだ以外の何物でもないと思いますが、上手なコミュニケーション、と銘打ってしまうと、コミュニケーションは本来の人との繋がりを意味するものではなく、うまくできるかどうかをなぞるだけのものになってしまってませんか?

ポテトを揚げるフライヤーではないので、万人に対応できる人づきあいのマニュアルなどあるはずがないのです。それをいかにも絶対な存在かのように提示してしまうがために、それに乗っかれない人は自分ダメ感をさらに募らせてしまうだけになります。

そもそも、コミュニケーションという用語を使ってしまった時点で、それは人と人との繋がり、という本来の意味とは100万光年くらい遠ざかったもののように感じます。

「自信」がそれさえあれば何でも出来る魔法のように勘違いされてしまっているように、コミュニケーションもなんか特別なもののように思われてしまってませんか?

思ってることがちゃんと伝わるのがコミュニケーション。自分が思ってることを思ってるように伝えられることがコミュニケーション、相手が思ってることを相手が思ってるように受け取ることができるのがコミュニケーション。

コミュニケーション

ポテトを上手に揚げるためのテクニックはあるでしょう、伝わらない言葉を上手く伝えるための手段はあるでしょう、でもそれはあくまでツール、ツールを上手に使えるようになることが目的になってしまっては本末転倒です。ツールを上手に使えるようになること=思ったように伝えること、ではないのが道具ではなく人と人とのつながりですよ。

上手くできない、と思ってしまった時点で、あなたの悩みはコミュニケーションの悩みではなくて道具をうまく使えない、という悩みになってしまっています。

それはコミュニケーション能力というものとは全く異なるものです。道具をうまく使うことが出来る、そのことにだけ突出した能力のある人はいるもんです。

人づきあいの悩みを「コミュニケーションが上手く出来ない」と言ってしまっているのなら、あなたの悩みは人づきあいの悩みなどではありません、人が器用にうまくやってるのを自分はうまく出来てない、という思い込みの劣等感です。だって、たとえ人から「上手く出来てるよ」って言われても、きっとあなたは「うまく出来てない」って言い張るでしょうしね。

どうせ自分はダメだ、という自己否定があなたの根っ子です。それをとっぱらわないと、ダイエットと同じく「上手なコミュニケーションのために」というマニュアル(セミナー)ジプシーをすることとなるでしょう。

心地よいコミュニケーション、風通しのよいコミュニケーションに最も邪魔になるもの、それは鎧です(断言。

上手なやり方なんてわざわざ教えてもらわなくても、鎧をとっぱらうだけでいいんですよ、必要なものを必要だと自然に求めていけること、必要だよ、と言われたらそれを自然に受け取ること、これだけです。

最後までお読みくださりありがとうございました✨
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