カワイソがってあげてください

月に一度のお楽しみ
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毎月最終金曜日は「人間交差点」のコンビニ本の発売日です。今月も買ってきましたよ!

ブログのネタにできる話はないか、と読んでいます。めでたく今月もネタに出来るお話がありました。よーし、これで書こうっと、と決めたものを読み返していたのですが、読んでるうちにもいっこネタが思いつきました。1つのお話でブログが2つ書ける、なんてお得なの、人間交差点

しかし、今から書くのはその書こうと思わされた2つのネタではなくてですね。

みなさん辛かったことって早く終わりにしちゃいたいですよね。いつまでもそれに後ろ髪ひっぱられてるのイヤですよね。なかったことにしたい、フタをしちゃいます。でもフタをしたって無くなりません、穴ぼこは埋まりません。まだ傷ついてんのかよ、私、ってうんざりされるかもしれませんけど、埋まってないものはしゃーない。

無理矢理にフタをされた穴ぼこは声をあげます、無視すんなよ、と。そして自分が出来た時と同じ感情を呼び起こすトラブルをひっぱってきます。

人間交差点を読んでいてですね、思い出したことがありました。私を性的対象として扱った叔父が私を初めて性的対象として扱った時のことです。

たいしたことじゃないんですけどね、最後までやられちゃったわけじゃないですからね。もっと大変な目にあった方、なんぼでもいらっしゃいますしね。でもね、もっとたいへんな目に合った人がいるからといって、自分がされたことの嫌悪感は無くならないのです。っつか、人のたいへんな経験と自分が味わったことを相殺してはいけないのです。

私よりたいへんな目に合った方のお顔がいくつか頭に浮かびましたが、よーし、今日は徹底的に自分をカワイソがるぞ、と思ったのです、人は人、私は私、と。

叔父になんかされてます。知識も経験もないけど、これってやばいんとちゃう、というのは十二分に感じます。そこに叔母がやってきました、叔父はぱっと私から離れました。叔母も何かの気配を感じたのでしょう、「あんたら何しとんがいね(高岡弁)」、別になんもしとらんわいね、と叔父は答えました。あんた、ではなくてあんたら、叔母は私のことを叔父の被害者ではなくて共犯者だと受け取るものがあったのでしょう。

みなさんご存知のように(知らんか)私の実家、というか母の実家ですね、かつては赤福のようなあんころ餅を作っていました。それを国鉄(JRじゃないですよ、もっと古けりゃ省線といいました)の車内販売やホームで売るという商いだったのです。自分のアンコ好きがここに起因するものであると納得できたのはいい大人になってからです。

国鉄からその商いにストップくらいあんころ餅屋は廃業することとなりました。馴染みの不動産屋にそそのかされた祖父は旅館業を始めることとなりました。その頃ですねー、祖父が「東尋坊に行きたい」と身投げをほのめかしていたのは。旅館業はスタートしました、ビジネスの出張者を対象とした宿のはずだったのですが、これもその不動産屋の意図だったのですかねー、その宿はたいへんセクシャルな要素を醸し出すもので。「ご休憩」なるものの意味がわかったのもうんと大人になってからです。

出張客とご休憩客、後者と接する機会などありませんでしたが、前者と建物の中をうろちょろする私は接触の機会が多かったのです。商売の場ではない、プライベートなとこまで入り込んでくるお客さんもいました。まあ、人んちの居間に入り込んで気安く過ごす、ってカンジなのですが。

そのお客さんからも性的対象として扱われたのです。忘れていたわけではありません、無理矢理フタをしていたわけでもありません。でもその時の嫌悪感と恐怖がすんごいリアルに甦ってきました。誰にも言えませんでした。その反動ですかね、今になって公の場でバンバン吠えているのはwww

その後も「イタズラ」や「痴漢被害」は繰り返されます。だって穴ぼこがあるんだもの。

女ならではの穴ぼこ

なんで私はそんな目に合わなきゃいけなかったんだよ、とさらに遡っていったら父のことが出てきました。

みなさんご存(ry)、私にインテリキザが好き、というろくでもないものをインプットしてくれたのが父です。

私の人生、返してよ!

一緒に住んだことはありませんが、月に1、2度訪ねてきてくれたので交流はありました。小学校5年生の時まで。父は再婚することになり、もう来れない、さよなら、と言ったのです。でね、最後にね、私の頬にキスをするのですよっ。こんなこと、昭和の父親はしないだろ。

女の子だから要らない、と母と私を追い出して、またかよ。捨てられた、それも2回も、って感情がやってきました。

そうだよ、この人がちゃんとしてくれてたら私は叔父の手にかかることもなければ、宿泊客の手にかかる必要もなかった。

はい、さらに遡りますよ。じゃあなぜ母は父と結婚することになったのか。家を出たかったから。娘3人にそれぞれ婿をとって家業を継がせる、という祖父に反抗したから。母にとって結婚というのは、まさに家を出る手段だったのですね。家から逃げるために結婚したって、絶対に、ぜーったいに幸せになれません。なのに私は母と同じことをやらかしてしまったのです。

さあ、ではなぜ祖父は娘に婿とってプランをゴリ押ししようとしたのか。祖父は養子でした。国鉄で商売をしてそこそこ豊だった家の。そこの丁稚だったのが頑張りを認められて娘婿となったのです。が、生憎とその娘が亡くなってしまいました。後妻としてやってきたのが私の祖母です。祖父の人生思い通りにいかないもどかしさの八つ当たりの相手とされたのが祖母でした。

みなさんご存(もう、ええって!)、祖父からボコにされてた祖母を救えなかったというのが私の無力感の根っ子です。卓袱台返しがデフォルトだった食卓が、私を食べることに熱心でなくさせてしまったのです。

どれも記憶に残っていることです。新たに思い出したことはありません。でもされた事への嫌悪感、恐怖、怒りは今までになく強くやってきました。私のちっちゃいちゃん、めっちゃカワイソウ!!って思いました。

穴ぼこ埋めないと問題はなくならないと思っているので、一生懸命にカワイソがってたとこもありますけどねwww

テキストにすると長いですが、10分ちょっとのことです。

因果応報、私の今ある問題を「果」とするなら、桶屋とするなら、「因」、吹いた風は祖父です。この「因(風)」と「果(桶屋)」をつなげることをするのがコネクトロンのセッションなのですよ。

溺れる者は藁をも掴む(最終回)〜スピはボキャ貧

占いの方も、スピの方も、心理学の方も、それぞれの手法でお悩みにこたえるということをされていると思いますが、私にはどうしても「寄り添う」感が不足しているように思えちゃうんですよねー。寄り添わないということは、言い聞かせるってことです。正論、理屈を言い聞かせるだけでは、それこそ「許せと言われて許せますか?」になっちゃう。そこにですね、私は上から目線を感じてしまうのですよ。わかっとるわい、言われんでもわかっとるわい、でもそれが出来んから困っとるんやないかい!

あなたのちっちゃいちゃん、いっぱいカワイソがってあげてください。泣き止まない子の相手をするのはうんざりしちゃうかもしれないけど、もういい加減に泣きやんでくれよ、って思うかもしれないけど、助けてよ、辛いよ、と声をあげているのです、ちっちゃいちゃんが。傷ついた過去のあなたが。

セッションを受けてから、1年、2年後にちっちゃいちゃんの気持ちがようやくわかった、とおっしゃる方もいらっしゃいました。平気だもん、と強がるちっちゃいちゃんはなかなか姿を現しませんし、気持ちに寄り添うこともさせてくれないかもしれません。

でも、傷ついたちっちゃいちゃんを癒せるのは大人の、現在のあなただけなのです。

過去の自分、どうかいっぱいカワイソがってあげてください。それが傷を癒す、ということです。

最後までお読みくださりありがとうございました✨
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