「母の娘」はどうなった?

いやー、marino.  さん執筆ペースが速い!!

読んでますか?「母の娘」を捨てる日まで

https://estar.jp/novels/25863035

連続して繰り出される強烈なエピソードに、私も負けてないわ!とアウトプット欲がムクムクしてませんか?

遠慮なく書いてくださいよ!

ようやく待ち望んでいたものが作品内で描かれました。

それは↓これ

08:姉と妹

https://estar.jp/novels/25863035/viewer?page=8

↓ここ

追い詰められると、信じられるものは自分だけ、と思い込んでしまうのは、今でも変わっていないことの一つだ。

これ、因果の果なんですよ。果が書かれるのを私は今か今かと待っていたのですよ。

因果の因は様々な過酷なエピソードとして提示されてますよね。でも果がなかった。

ようやく姿を表したのです、因果の果が。

つまり、”どうなってしまったか”です。

親の”せい”で”信じられるものは自分だけ、と思い込んでしまう”ようになってしまった。

もちろんこれは”自分以外は信じられない”でもいいのですが、この2つ、微妙に違うんですよ。

”自分以外は信じられない”は殻に閉じこもってる状態ですが、”信じられるのは自分だけ”ってのは、自分でツルハシで穴掘って前に進んでく、って感じじゃないですか。

この邁進力がmarino.を苦学して一浪してまで大学進学を可能にしたんだと思います。

そして↓これ

10:運命の出会いと別れ

https://estar.jp/novels/25863035/viewer?page=10

そんなに簡単に自分以外の誰かに心を預けるなんて、自分の親にすらもできないことなのに、できるわけない、そう思っていたのだ

これも因果の”果”ですね。

親の”せい”で”誰かに心を預けるなんてできるわけない”と思ってしまった

しかしここにもツッコミどころが。

自分の親にすらもできないこと、これは親が全てという世間一般のいわばビリーフです。

つまり、まだ親に希望を抱いている状態。

親?
(゚Д゚)ハァ?
それ、食べるもの?
美味しいの?

親が一番心を預けられるもの、という概念がなければ、親以外を信頼の対象とできたことでしょう。

この”親に期待”ってのがなかなかみんな抜けられないとこなんですよね。

ひょっとしたら褒めてくれるかも

ひょっとしたら認めてくれるかも

ひょっとしたら受け止めてくれるかも

悲しいことに、これが最後の砦みたいなとこあるんですよねー。

砦に目を向けてると、他のもっと頼れるはずのものに目が行かない。

さ、marino.さんの蓋ひっぺがし作業はどうなるのか。

チャンネルはそのまま!!

最後までお読みくださりありがとうございました✨
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