罪悪感がなければそこに罪はないのか

罪悪感が人を幸せから一番遠ざけるものだ、ということをいつも説明させていただいてます。

アリを踏み潰して罪悪感で倒れそうになってる人と、人を殺しても平気な人、後者の方が幸せです。

悪意があってやったことより、悪意がなくてやったこと、善意でやったことの方がタチが悪い、と言います。

アメリカが他国に干渉してるのが善意だというのが典型的な例です。

罪悪感がないとですね、例え人を殺しても気配を感じないのですよ。

アリを踏み潰した人の方が挙動不審になるのですよ。

優秀な詐欺師はまず自分を騙すというではないですか。

そう、自分がやっていることは善行なのだ、と自分を騙すのです。

罪悪感がないのです。

だから人は騙されるのです。

アウシュビッツには怪談の類が一切ないそうです。

それは、ユダヤ人を虐殺したナチスに殺したことの罪悪感が一切ないからだそうです。

怪談というのは罪悪感や恐れがないと成立しないようです。

どんな行動にもメリットとデメリットの両方があります。

罪悪感のなさは、デメリットを覆い隠してしまうのですよ。

どんなにいいことをしていても、そこに罪悪感があるとデメリットがメリットを凌駕してしまうのですよ。

最近のことなんですが、この「罪悪感のなさ」にすっかり騙されてしまいまして。情けなーい!!

言い訳をさせていただくなら、第一印象は正解だったのですよ。

読みを誤った原因を考えました。

みなさんご存知のように(知らんか)直感で決める、とドヤるのが私は好きではありません。

「直感」でごまかさないでね

今回の読み違えは、ずっと抱いていた違和感を言語化していなかったことが原因でした。

嫌いなものにはワケがある。

グータラして「なんとなく」で済ませていると大失敗のもと、学習しました。

直感は正しいんだけど、それを言語化してないと正しさを活用できないということです。

直感派の皆様、感じたものの言語化にちょっとお時間割いていただくことがオススメです。

有用なものをより多く得られるようになること間違いナス🍆

最後までお読みくださりありがとうございました✨
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画像は aitoff さんからお借りしました、ありがとうございます
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