30代の主婦。自分は両親から愛されていた子だったのか、分からなくなりました。
・現在幼い子ども2人を育てる中、自分の幼少期に親に遊んでもらった記憶がないことに気づいた
・公園へ行ったり、絵本を読んだり、夏は水遊びをしたり、自分が今子どもたちにしていることをしてもらったことがない
・親に当時のことを聞くと、忙しかったから覚えていないと言われた
・出産後、子どもたちへの関わり方がわからず、周囲のお母さんの様子を見たり話を聞いたりして子供との接し方を学んできた
普通と思っていた自分の幼少期は、本当は孤独で寂しかったということに気がつきました。この気持ちを親にぶつけるか迷っています。忙しかった親の状況も分かります。気持ちの整理の仕方を知りたいです。(山梨・C子)
あなたの罪悪感を消滅させる
ヨシヨシする人ヨシヨシスト
いまぷ です。
子育てとは自分を育て直すことと言われますが、相談者さんはまさに、ご両親からして貰えなかったことをご自身のお子さんにしてあげることによって、寂しかった過去をトレースなさっているように見受けられます。
穴ぼこ埋設作業。
親が忙しかったゆえに手をかけてもらえなかった、寂しかった、手をかけてもらえた子ができていることができない、等々。
ここで私が「ご両親はご両親なりに相談者さんのこと愛してたんだよ」っていうと、それはただの言い聞かせになります。
手をかけている量=愛されている量 ではありません。
しかし、相談者さんが寂しかったということも事実です。
愛されていたか否かと、寂しかったということ、これを分けていただきたいのです。
そして、公園に行くこと・絵本を読み聞かせすること・水遊びをすることだけがなければ、愛がなかったといことでもないということに。
なんでわざわざ言い聞かせっぽいことを書くかと言いますと、もしも相談者さんの中に「子どもに愛を持つとはこういうことだ」という”ねばならない”があるなら、自分がそれを果たせない時それはたやすく罪悪感となってしまう恐れがあるからです。
公園に連れていけないダメな私
絵本を読み聞かせできないダメ母な私
水遊びに連れて行ってもらえない可哀想な私の子どもたち
等々
今日はカードに尋ねてみます。
・ブロックしているもの「試練」
・では、どうするか「コミュニケーション」
・得られるもの「清らかさ」
・現状「女帝」
ご両親から遊んでもらってなかったからお子さんたちと遊んであげてるわけじゃないじゃないですか。
たとえ子どもとの関わり方がわからなかったとしても。
ご自分が与えてあげたいと思ったものを与えてあげてらっしゃる。
自分が貰えてなかったからではない。
自分が子どもに与えているものをご自身はご両親から得ることはできていなかった。
貰えてたらよかったな。
私も欲しかったな。
そのお気持ちがちょっとたぎってしまっただけなのかなあと感じました。
欲しかったのに手に入らなかったものは、他者に与えることで自分も得たと同じになる。
貰えなかったということを忘れるくらい、お子さまたちにいっぱいあげてください。
回答は最相葉月(ライター)さんです。
たとえ失望に終わったとしても、諦念が明日を生きる力に転換することだってあるのです。応援しています。
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